つながる通信 04

市民風車は、多くの皆さんに支えられて回り始めます。
クリーンな電気は、人、街、モノ、コトをつなぐエネルギーも届けます。
ここでは、市民風車を介してつながったさまざまな皆さんをピックアップ。
一人ひとりの想いを紹介していきます。

連載 03

風という地域の財産を活かす

原田 美菜子

事業開発

発電所予定地での交渉・調整・各種申請などを務める、事業開発部。会社の窓口である前に一人の人間として、地権者や地域住民、自治体の皆さんに信用していただくところから、スタッフの仕事はスタートする。

原田 美菜子Minako Harata

秋田市出身。2002年「市民風車の会あきた」のメンバーとして、市民風力発電所・秋田1号機(「天風丸」)の出資者募集やPR活動などを担当する。同年、㈱ウイネット秋田(現在当社100%子会社)に入社。当社が進める県内外のプロジェクトの推進に開発マネージャーとして携わる。

「はまかぜ」ちゃんが届けた爽やかな風

「はまかぜ」ちゃんが届けた爽やかな風

2001年9月、日本初の市民風車「はまかぜ」ちゃんが営業運転を開始したニュースは、
地球温暖化問題に関心があった全国の人々を勇気づけた。
普通の市民でも、未来のためにできることがある。
その事実に、爽やかな風を感じた。
現在、秋田営業所で事業開発を務める原田美菜子も、その一人だった。
「はまかぜ」ちゃんの誕生をサポートした「北海道グリーンファンド」は
名前の通り北海道に根ざした団体で、秋田県に組織や基盤があったわけではない。
そのため地元のコーディネートをしてくれる人を探していた時に、
手を挙げたのが原田を含む3人の女性だった。

『秋田は何もないと言われるけれど、ちょっと行けば海も山もある。
風という故郷の財産を活かす事業に興味が湧いて、携わりたいなと思ったんです。
それに、「北海道グリーンファンド」は補助金に頼らず事業を継続しているので、
仕組みが分かれば他の活動にも活かせるんじゃないかとも思いました。
そのNPOのお手伝いができることになって、ワクワクしました』

家族の名前で出資する人の多さに驚き

家族の名前で出資する人の多さに驚き

女性たちは「市民風車の会あきた」を立ち上げ、
事務所を探し、電話を引き、デスクを購入することから始めた。
市民出資の呼び掛け、市民団体や環境団体への説明、
行政との交渉、新聞社やテレビ局・ラジオ局へのアプローチ…。
広報から雑用まで、すべて3人でやり切った。

取り組みを始めてしばらくの間、市民からは出資したお金は返ってくるんですか、
風車は倒れないんですかとか、といった問い合わせが多かった。
渡り鳥や環境への影響についての質問もあった。

『ただ、県民性なのか、秋田には前向きな方が多くて、
反対の立場からの質問はあまりなかった気がします。
それまでは市民風車のような取組み自体がなかったので、
存在が知られるにつれてタンス預金で出資したいとおっしゃる方が増えました。
お孫さんや娘さんの名前で申し込んで
プレゼントするという人が多くて、驚きました』

2003年3月、こうした「市民風車の会あきた」と「北海道グリーンファンド」の
協力のもと、秋田県の1号機「天風丸」が運転を開始した。

説得するのではなく、納得してもらう

説得するのではなく、納得してもらう

風力発電の事業開発にはいろいろなパターンがある。
風況調査から始める場合は、
行政の窓口で用地の地権者を紹介してもらうことからスタートする。
挨拶回り、住民説明会、環境影響評価の結果報告など。
たびたび現地に足を運び、個別訪問や集会で状況を説明し、
質問に答えることで、少しずつ少しずつ理解を深めていただく。
地権者、町内会長や役員がOKというだけでは、
地域の住民合意を得たことにはならない。
長い事業だけに、風車が見える場所に暮らす
すべての皆さんに納得してもらい、
不安をなくすことが開発担当の仕事だ。

インターネットからさまざまな知識を得られるようになり、
原田たちでも即答できない専門的な質問を受けることも増えた。
そんな時は専門家に最新の情報を尋ね、
教えてもらった内容を伝えるために質問者の自宅を訪ねる。
「分かりました」と言ってもらえるまで、
説得するのではなく、納得してもらえるまでひたすら繰り返す。
一つひとつ石を積み上げるようにしてやっと住民合意が得られたとしても、
仕方ないと受け入れた人もいれば、自然エネルギーに賛成の人もいる。
いろいろな思いがあることを忘れないようにしている。

出資金を返し終わるまで見届ける責任

出資金を返し終わるまで見届ける責任

『「天風丸」の出資契約期間は15年なんです。
それって、長いじゃないですか。何があるかは分からないですが、
私には自分の口で、お金を出してください、
一緒にやりましょうと言った責任があります。
なので、出資してくれた人にお金を全部返すところまで
どんなことがあっても見届けなくてはと思っています』

今でこそ秋田にはたくさんの風力発電が立っているが、
「天風丸」の当時は少なく、まして自分たちの会社だけで
10基も風車を建てるとは想像できなかった。
出資者とは契約期間の終了で一旦関係が終わるが、
発電施設にはまだまだ電気をつくり続ける能力を備えている。
最近は、老朽化した風車を立て替えた事例も出てきた。
「天風丸」が生まれた時にはマイノリティであった
「市民が出資して発電所をつくること」と、
「電気を選ぶこと」がスタンダードになった今。
何ができるのか、どうなるのか、原田自身も楽しみにしている。

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